日本語の原文理解の難しさ
こんにちは。アメリカ生活4年目、メディカルライターとメディカル翻訳者のYukaです。
最近の翻訳案件は、論文の日英翻訳がメインです。以前の記事にも書いたように、日本語の原文の構造を理解することに苦労しています。
翻訳が難しい和文には
1文が長い。
論理展開に無理がある。
文の途中で主語が変わる。
という特徴があります。
読んで言いたいことは理解はできるのですが、和文をそのまま英語にしても、流れるように読める文にはならないことが多いです。
長い文を短く分けて翻訳する、主語を補って翻訳するのは簡単な方法ですが、問題は論理展開です。
最近悩んだのは「AなのでBしたが、Cだった」という文です。
たとえば、
「今日は水曜日なのでYouTubeを確認したが、新しいエピソードは公開されていなかった」
という文があったとします。
この文を読むと、普段は水曜日に新しいエピソードが公開されるんだな、と想像できます。和文では、「普段は水曜日に新しいエピソードが公開される」という前提条件が示されずに、文章の中に含められていることがよくあるように感じます。ただ、「水曜日なのでYouTubeを確認した」という論理展開には違和感があります。
これをDeepLにいれてみると、
Today is Wednesday, so I checked YouTube, but no new episodes were released.
となりました。会話ならこれでもいいですが、堅い場面にはそぐわない感じがあります。
この英文をWordtuneというAIに入れてみると、
Despite it being Wednesday, I did not find any new episodes on YouTube today.
Despite the fact that it is Wednesday, there are no new episodes on YouTube.
という若干大げさな文になりました。
これらの間をとると、
Although it was Wednesday, I did not find any new episodes on YouTube.
It was Wednesday, but I did not find any new episodes on YouTube.
となります。
ここからわかるのは、原文の「水曜日なので」は、実際は「水曜日にも関わらず」の意味だったいうことです。
つまり、原文は「今日は水曜日だったが、YouTubeには新しいエピソードは公開されていなかった。」という文に書き換えることができます。
「水曜日だったが公開されていなかった」も、厳密には「普段は水曜日に新しいエピソードが公開される」という前提条件が必要ですが、「水曜日なのでYouTubeを見た」よりも違和感が少ない気がします。原文にあった「確認しても」が抜けましたが、これは許容範囲と思われます。
原文から外れすぎないように気をつけながら和文を英文に置き換える作業を続けていると、何が正しい日本語で何が正しい英語なのかわからなくなることがあります。翻訳が自分の言語能力に悪影響を与えているのではないか?と思うこともあります。
翻訳に比べると、メディカルライティングは自由度が高いです。翻訳のあとにメディカルライティングをすると、狭い穴の中から外の世界に出たような晴ればれした気持ちになることも多いです。
現状では、翻訳とライティングを両方やっていることでバランスが取れている気がしています。
1つのことに打ち込むことの価値。